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2012/05/22

メッケル憩室炎退院記念日(かなり昔の事)

只今、帯状疱疹〜顔面左麻痺と散々な状態ですが、5月22日は退院記念日。
もう15年も経ってしまいました。

過去に7〜8話に渡って、タイトルによる入院記をこのblogに載せてたときもあったのですが、過去ログを削除してしまいまして、なくなってしまいました。
二度とあんな超大作書けない(^^;

そろそろ記憶も曖昧になりつつあるので、かいつまんでこの話を書いてみようと思う。

始まりは1999年3月頃
下腹部(正確には肛門の奥、直腸あたり)に鈍い痛みを感じるようになったのです。

1999年4月2日(金)
最初は前立腺の病気かと思い、泌尿器科の医院を訪れてみた。
これはすぐにもっと大きな病院で検査を受けた方がよいと言う訳で、紹介状を持たされた。

1999年4月4日(月)
泌尿器科医院の紹介状を持って、とある市民病院外来を尋ねた。
最初は泌尿器科で診察を受けたのですが、すぐ外科にまわされた。
病院から帰って、夕食を食べていた所、病院医師から電話があり、明日もう一度来て欲しいと言われた。

1999年4月5日(火)
外科外来を訪れると、すぐさま検査のため入院して下さいとのこと。
その頃は実家に住んでいたため、家族に電話し入院する事を告げると、驚いたみたい(そりゃそうだ(^^;)
入院手続きが済み、早速「今日から絶食です」宣言され、腕に点滴された。

1999年4月9日(金)
腕からの点滴では濃い輸液が入れられないと言う事で、胸から心臓近くの血管へ管を直接通す点滴(いわゆるIVHと言うもの)を入れられた。

4/12〜23の間各種検査受診
レントゲン撮影
 ま、フツーのレントゲン撮影
CT検査
 ドーナッツのような輪っかの中に入れられる
MRI検査
 CT検査に似ているが、こちらは磁気を使っているようだ。検査中はどんがらどんがら騒音が激しかったと記憶する。
大腸ファイバー検査
 肛門から内視鏡を突っ込まれる。
注腸検査
 肛門からバリウムを注入され、レントゲン撮影をする検査。これはとにかくお腹が痛い(>_<)、下痢でお腹が張っちゃった状態になる。

検査は毎日ある訳でもなく。検査の無い日はする事も無く、のんびりした日々を送っていたが、次第に発熱するようになった。
地元ラジオ局の「つボイノリオの聞けば聞く程」平日午前放送中(もう20年くらいやってる('o';)を聞けるのが嬉しかったりして(-.-;)

1999年4月27日(火)
主治医から家族を呼ぶよう指示され、両親と一緒にインフォームドコンセントを受けた。
内容は、レントゲン写真を見ると、直腸のとなりに何か白い物が写っているが、直腸の外の事なので、結局の所なんだかよくわからない。
発熱しており、血液の炎症反応も出ている事から、このまま放置はできない。
点滴より抗生剤の投与もしたが、患部の改善は見られない。
以上より、開腹してみるしか無いとの事。
考えられる病名としては、潰瘍性大腸炎、クローン病(いずれも難病だそう)があること。
その際の治療方針としては、現在の体の状態では、腸の患部を切除しつなげる事は難しい。そのため、一旦人工肛門を付け、体の状態が良くなったら、再度開腹し腸の接続を行う、との事だった。

その時の本音(ー_ー;)
当時職場の上司にトンデモ無いバカ課長がいて、毎日仕事が進まず、課員一同散々な目にあっていた。不謹慎にもこれでまた半年後あのバカ課長から開放される ヽ(^o^)丿と思ったのでありました(^^;;。

最悪の事
主治医は最悪の事(つまり悪性腫瘍のこと)も考えられると言い、そのような事態になった場合、すでに内蔵のあちこちに転移している可能性もあるため、腸から膀胱など内蔵を摘出するかもしれないとの事だった。

緊急手術
今から緊急手術を行います。と言われたのが14時頃だったと思う、そして手術室に入ったのは17時位の事だったか?
TVドラマで見た事があるような手術台に乗せられ、全身麻酔により、ふっと記憶が無くなったかと思った瞬間名前を呼ばれた。本人にとってはあっという間だったが、実際どれくらい時間が過ぎていたのか良く覚えていない。

主治医が病室に来て「メッケルケースー」がどーのこーのと言ってたような(・・?
病室に戻って、さらにどれくらいの時間が経ったのかわからないが、麻酔が切れ、腹部にものスッゴォーイ痛みが襲って来た。「イターイ」と叫んだ事を覚えてる。
その時は、腹を刃物で刺されたりするとこれくらい痛いのだろうか?と疑問が湧いたんですけど(^^;

1999年4月28日
翌日から、まだかなり痛いにも関わらず、とにかく立って歩けと言われた。そうしないと腸が癒着してしまうのだそうだ。病室内(手術直後は個室に移されていた)を一周するのが精一杯であった。
鼻に胃液吸出し用の管、尿道にも管、腹部にドレン用の管、胸にはIVH用の管と管だらけ。

4/29〜5/21間
最初はベッドから起き上がるのに介助が必要だったのが、人間はスゴイですね。日に日に回復して行きました。
最後の方は体に入れられていた管もすべて外され、食事も口から取れるようになり、お腹は痛いが快適な入院生活を送ってたなぁ(^^;;

1999年5月22日(土)
もう退院していいよと言われ、退院したのが5/22。土曜日と言う事もあり、主治医も担当の看護士も休み。ドラマのような病院玄関での花束贈呈なんて事も無く、寂しくひっそりの退院となりました。

結局の病名
インフォームドコンセントで言われた、人工肛門を付けられる事も無く、手術を終えた訳なのですが、
結局の病名は「メッケル憩室炎」と言うもの。
メッケル憩室とは、胎児の頃母親と臍の緒を介して小腸が繋がっており、その名残が小腸の膨らみ(憩室)として残ったものらしいのです(詳しくは検索すると出て来ますよ)。
そのメッケル憩室に穴があき、小腸から外へ消化物等が漏れ出て、直腸あたりに溜まり、膿みの塊となったため、炎症を起こしたと言う事らしい。
こういう病気は幼児期に発症する物で、大人の発症例は珍しいと言われた。

一時は悪性腫瘍も覚悟したのですが、結果大した病気でもなく、無事回復することができました。
健康のありがたみと言う物をかなり実感したと思うのですが、何年も経って、そのありがたみを忘れつつあります。

健康へのありがたみを忘れないためにも、再度このblogに書こうと思った訳であります。

201205092

画像と本文まるで関係なし
NEX-7 + E 18-55mm F3.5-5.6 OSS

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コメント

美しい亀写真ですね。
いつかT橋の亀写真blogを開設願います。

私も似たような状況を体験いたしましたが、T橋H道の肛門科で痔の手術。。。

投稿: nezumineko | 2012/05/22 21:48

nezuminekoさん、こんばんは
肛門科も大変でしたね(^^;;

この亀写真は東京で撮ったものなんです。
変な色の川でしたね。

投稿: noguchi | 2012/05/23 18:29

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